2010年5月27日木曜日
Re: 昨日は楽しかったですね
depression: Differential effects of distraction and recall of happy
memories on sad mood. Journal of Abnormal Psychology, 116, 484-490.
最新,というほどではないけれど,最近の研究。
大うつ病性障害の発症と維持とに,ネガティブな情動や気分を制御する能力の
障害が関わっている,という論がある。
つまり,うつ病エピソードを経験する人は,そうでない人と比べて,抑うつ気分の
程度にはちがいがないが,それを制御する能力が損なわれている,という考え方。
関係がありそうな気分制御プロセスは次の2つ。
①気分不一致検索:ネガティブな気分がポジティブな記憶材料へのアクセシビリティー
を高める。人はそれを使って抑うつ気分を制御する。
②気晴らし:認知的資源を他のことに十分に振り分けて,気分に関係した思考に
注目するのを止める。
方法
協力者:以下の3群。
・健常群(うつ病になったことがない),
・うつ病寛解群(以前うつ病になったことがあるが,現在はうつ病ではない)
⇒うつ病患者が示す気分制御の問題が,うつ病症状のひとつ(=状態)なのか,
脆弱性を持つ人たちの持続的な性質(=特性)なのかを調べるため。
・うつ病群(今現在,うつ病)。
測度:気分の評定と,BDI-Ⅱ。
気分誘導:健常群とうつ病寛解群には,悲しい映画を見せて抑うつ気分を誘導。
課題
各群の協力者は以下のどちらかの課題に取り組んだ。
・気晴らし条件:単語を使ったパズルゲーム。
・ポジティブな記憶想起条件:高校時代のポジティブな出来事を思い出してもらう。
なお,想起されたポジティブな記憶の数や,独立な評定者による記憶のポジティブさ
の評定では,3群に違いはなかった。
結果と考察
健常群:気晴らし条件でも,ポジティブな記憶想起条件でも,抑うつ気分は改善された。
うつ病寛解群:気晴らし条件では抑うつ気分が改善された。
しかし,ポジティブな記憶想起条件では,抑うつ気分に変化はなかった。
うつ病群:気晴らし条件では抑うつ気分が改善された。
一方,ポジティブな記憶想起条件では,抑うつ気分が悪化した。
結論:うつ病の人は,ポジティブな記憶を想起することはできるが,
それを使って気分を制御する能力に障害がある。
この障害は,うつ病が寛解しても続くよう。
想起されたポジティブな記憶が気分に及ぼす影響は,うつ病(歴)があるかないかで
違っている可能性がある。
うつ病の方に気晴らしを促すときには,頭の外の何かに注意を向けてもらうのがよさそう。
2010年5月26日水曜日
慢性疼痛アクセプタンス尺度(CPAQ)の妥当性確認と短縮版の開発
キーワード:慢性疼痛,受容(アクセプタンス),
慢性疼痛アクセプタンス尺度(ChronicPain Acceptance Questionnaire;CPAQ),
確証的因子分析,妥当性
「慢性疼痛に対するアクセプタンス」とは,今現在の痛みを,回避しようとしたり,
減らそうとしたり,コントロールしようとしたりせずに経験すること。
ここには2つの行動プロセスが含まれている。
①痛みがあっても,自分にとって価値ある日常活動に取り組むこと
⇒ CPAQのactivity engagement尺度(AE)。11項目。
②痛みとのコンタクトを限定しようとするのをやめること
⇒ CPAQのpain willingness尺度 (PW)。9項目。
目的
①インターネットベースの,様々な慢性疼痛が含まれるサンプルで,
確証的因子分析を使って,CPAQの妥当性を検証すること。
②CPAQの短縮版を開発して,その妥当性を検証すること。
方法
サンプル:インターネット上で回答したサンプル319名,
筆記式に回答したサンプル109名
測度:CPAQ,HADS,BPI,過去6ヶ月の医療の利用歴。
結果と考察
インターネットサンプルを対象にして確証的因子分析。
⇒ AEとPWの2つの因子が得られた。
さらに,インターネットサンプルで項目を減らして短縮版を開発。
AEとPW,ともに4項目ずつになった。 ⇒ CPAQ‐8と命名。
筆記サンプルでも短縮版の因子構造が変わらないことを確認。
CPAQ‐8の信頼性と妥当性
α係数は.77以上。
CPAQ‐8と,もとの尺度との相関は.90以上。
もとの尺度がHADS,BPIとの間で示した相関パターンと,
CPAQ‐8がHADS,BPIとの間で示した相関パターンとは類似していた。
また,AE,PWとも,高いほど,過去6ヶ月,医療を利用することが少なかった。
構造方程式モデリング
痛みの強さは,痛みによる干渉,抑うつ,不安の3つに影響を与える(Fig. 1)。
AE,PEが,これら3つの影響のどれを媒介するのかを,構造方程式モデリングで
調べた。
AE 「痛みの強さ → 痛みの干渉」,「痛みの強さ → 抑うつ」,「痛みの強さ → 不安」
の3つで媒介効果が認められた(Fig. 2)。
痛みが強いとAEは低くなる。
��痛みの強さが一定であれば)AEが高いと,痛みによる干渉,抑うつ,不安が低くなる。
PW 「痛みの強さ → 痛みの干渉」,「痛みの強さ → 不安」の2つで媒介効果 が認められた。
しかし,AEと比べてパス係数の値が小さかった。
また,「痛みの 強さ → 抑うつ」は媒介しなかった(Fig. 2)。
痛みが強いとPWは弱くなる。
��痛みの強さが一定であれば)PWが高いと,痛みによる干渉,不安が若干低くなる。
CPAQの2因子構造がインターネットサンプルで確証された。
また,CPAQ-8が計量心理学的に健全であることの予備的なエビデンスが得られた。
慢性疼痛のマインドフルネス心理療法を行ったら,これら2つの尺度にどんな変化が見られるのだろうか?
2010年5月23日日曜日
日本語で読める,慢性疼痛に対する心理的アプローチの入門書
右後ろを見ようとすると,首が痛いです。
ちょっと疼痛が身近になりました。早く治りますように…。
今日は,慢性疼痛に関する最新の英語論文ではなく, 慢性疼痛に対する心理的アプローチについて,日本語で読める入門書の紹介です。
</span><a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%97%9B%E3%81%BF%E3%81%AE%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6%E2%80%95%E7%96%BE%E6%82%A3%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%8B%E3%82%89%E6%82%A3%E8%80%85%E4%B8%AD%E5%BF%83%E3%81%B8-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%B8%E7%94%B0-%E4%BF%8A%E5%BD%A6/dp/4121009355"><span style="font-size: small">丸田俊彦 (1989). 痛みの心理学 -疾患中心から患者中心へ- 中公新書</span></a><span style="font-size: small">
痛みの定義から始まり,ゲートコントロール理論,うつ病との関連,医師と患者の関係など,幅広い論点がコンパクトにまとめられています。
慢性疼痛に対する認知行動療法に関しては, 最終章で,「痛み行動」という考え方や,それへの対応に言及されています。
「痛み行動」という考え方は,慢性疼痛を,生活上の問題という大きな視点で捉える上で役立ちます。
「痛み行動」というのは,痛みがあることを周囲の人たちに伝える様々なオペラ ント行動のこと。
例えば,「痛い」と言うこと,顔をしかめること,痛いところをかばう姿勢を取ることなど,実に様々です。
痛み行動に対して,周囲の人はついつい引き込まれて過剰な世話をしてしまいます。 例えば,痛みに関するグチを延々と聞き続けるといったことです。そうすることで,痛み行動がますます著しくなっていきます。そうして,家族との間に溝ができたり,職場での立場がなくなったりといった,生活上の問題を招くことになります。
そこで,周囲の人たちが「中立的な反応」をすることを勧められます。つまり, 痛み行動を示されたときに,周囲の人たちが淡々と反応することで,痛み行動を消去していくという方針です。
もちろん,そうすることが必要であることを説明し,納得を得るということが大前提です。
しかし,痛み行動に対して周囲が中立的な反応をするというのは,言うほど簡単ではありません。分かっているのに,ついつい痛み行動に引き込まれてしまい, 「またやってしまった…」となるのが普通です。周囲の人たちはこれを繰り返しながらポイントをつかんでいくのでしょう。
絶版なのが残念ですが,amazonのマーケットプレイスで手に入るようです。
</span>
2010年5月15日土曜日
セルフエディティングに行き詰まったら
つまり,ひととおり書いた原稿に朱筆を入れて,誤字脱字を修正したり,こなれた表現を模索したり。
これを何度も繰り返して,原稿を磨き上げていく過程です。
私はこれを,「ひとり赤ペン先生」と呼んでいます…。
だけど,行き詰まってしまうこと,ありますよね…。
あるはずの誤字脱字を見つけ出せないとか,適切な表現になっているとは思えないけれど,
どこをどう修正したらいいのか分からないとか。
そんなときに,
・フォントを変えてプリントアウトした原稿を推敲する。
たとえば,MS明朝をMSゴシックに変えてプリントアウトした原稿を見直す。
・場所を変えて推敲する。
たとえば,いつもの自分の机を離れて,図書館で原稿を見直す。
ということをやってみると,不思議と行き詰まりを打開できることが多いです。
つまり,見逃していた誤字脱字や表記ミスが見つかったり,こなれた表現が思い浮かんだり。
もちろん,この2つを一度にやるというのもありです。
論文に限らず,長文を推敲していくときにお勧めです。お試しあれ!!
OCDと思考コントロール方略,関連があるのは?特異的なのは?
キーワード:強迫性障害,侵入思考,思考コントロール方略,思考抑制,
White Bear Suppression Inventory,Thought Control Questionnaire
慢性的な思考抑制や非機能的な思考コントロール方略が,
OCDの発症と維持に重要な役割を果たしていることは,先行研究で指摘されている。
目的
・OCDに関連がある抑制法,コントロール法は何?
・OCDに特異的なのはどれ?
この2つを明らかにすること。
なお,
・OCDに関連がある(relevant)…健常群と比べてOCD群が頻繁に用いる,
・OCDに特異的(specific)…うつ病群,OCD以外の不安障害群と比べて,
OCD群だけが頻繁に用いる,
という意味らしい。
方法
協力者:OCDの患者群,うつ病群,OCD以外の不安障害群,健常群の4群。
測度:スペイン語版Thought Control Questionnaire短縮版(TCQ-r)と,
White Bear Suppression Inventoryに回答してもらった。
また,BDI,STAIも。
結果と考察
まず,OCD群内では,WBSIとTCQ-rの罰尺度とが正の相関。
⇒ OCDの患者では,侵入思考を抑制する傾向が高い人は罰方略を用いやすい。
また,WBSIと心配尺度,再評価尺度との間でも,これより弱い正の相関が。
BDI,STAIを共変量としたANCOVAで4群を比較した結果は以下の通り。
・OCD群は健常群と比べ,WBSIの得点が有意に高かった。
しかし,うつ病群,OCD以外の不安障害群とは有意差なし。
⇒ 思考抑制はOCD relevant。OCD specificではない。
・TCQ-rの罰尺度は,他の3群に比べOCD群だけが有意に高かった。
⇒ 罰方略はOCD specific,かつOCD relevant。
・TCQ-rの気晴らし尺度は,うつ病群がOCD以外の不安障害群より有意に低かった。
OCD群はうつ病群,健常群と有意差なし。
⇒ 気晴らし方略はOCD specificでもOCD relevantでもない。
・TCQ-rの再評価尺度は,OCD群がうつ病群より高かった。
が,OCD群は他の2群と有意差なし。
⇒ 再評価方略はOCD specificでもOCD relevantでもない。
・社会的コントロール,心配の2つの尺度は,4群で有意差なし。
⇒ これら2つはOCD specificでもOCD relevantでもない。
2010年5月12日水曜日
破局的認知が著しいと気晴らしの鎮痛効果が出るのが遅れる。
キーワード:実験型の疼痛,行動による鎮痛,気晴らし,破局的認知,カプサイシン。
気晴らしによる鎮痛法の効果は広く認められている。
ところが,その効き目の強さには個人差があることが分かっている。
その要因は一体何だろうか?
破局的認知が著しいと痛みに対する注意が強い。ここから,筆者らは破局的認知に着目した。
方法
大学生の協力者に,次の3つのセッション(各45分)をランダムな順序で体験してもらった。
①ビデオゲームによる気晴らしだけのセッション。
②疼痛誘導(10%のカプサイシンクリームを塗布し加温措置を保持)だけのセッション。
痛みの強さを5分ごとに報告してもらった。
③疼痛誘導+ビデオゲームによる気晴らしのセッション。
気晴らしをしながら痛みの強さを5分ごとに報告してもらった。
なお,報酬を払って,ビデオゲームに没入したことを保証。
痛みを取り去った後に,Situational Catastrophizing Questionnaire(Pain Catastrophizing Questionnaireの実験状況版)の得点で,破局的認知高群と低群とに分けた。そして,この2群で,①,②,③のセッション中の痛みの
強さを,セッション序盤の15分,中盤の15分,終盤の15分に分けて比較した。
結果と考察
筆者らは,③のセッションで,破局的認知低群に比べると,高群では気晴らしの鎮痛効果が弱いだろうと予想していた。
ところが,2群に鎮痛効果の差は見出されなかった。
ただし,破局的認知低群と比べて,高群では,序盤の15分間は鎮痛効果が見られなかった。
つまり,大学生の協力者に疼痛を誘導し,ビデオゲームで気晴らしをさせると,破局的認知高群は,
最終的な気晴らしの鎮痛効果は低群と変わらないけれども,効果が出るまでに時間がかかるということ。
立ち上がりが悪い。
臨床群だったらどうなるんだろう?知りたい。
破局的認知と痛みへの対処の研究,今後の方向性は?
Keefe, F. J., Shelby, R. A., & Somers, T. J. (2010). Catastrophizing and pain coping: moving forward Pain, 149, 165-166
本ブログで紹介したCampbellらの論文に対して,好意的なコメントと展望とをKeefeさんが寄せている。
先行研究はクロスセクショナルなデザインで,手法は観察だった。
これに対して,Campbellらは実験法を導入した。これには次のような利点がある。
・サンプルを注意深く選択した。その結果,あり得る交絡変数(医学的障害や精神医学的障害,投薬,薬物乱用など)を除外できている。
・気晴らしの手続きは標準化され,注意深くモニターされている。
・疼痛の誘導法を工夫している。
・痛みの強さの評定が5分ごとにきめ細かく行われている。
将来の方向性
破局的認知の測度を実験の前と実験の最中でも測定するとよい。
⇒ 痛みとの連動を調べることができる。
示唆
疼痛に対する破局的認知の効果は,これまで考えられてきたよりも微妙なのかもしれない。今後の研究では,他の対処法略(e.g., イメージ,リラクセーション,自己陳述)に対して破局的認知が与える影響も調べるとよいのではないか。
臨床的示唆
破局的認知の傾向が高い人は,気晴らしの効果が出てくる前に止めてしまう可能性がある。そこで,破局的認知の傾向が高い人たちに対しては,気晴らしの効果について,粘り強くやっていると効いてくるという予期を形成する必要がある。