第4回 AM問36 H. P. Grice の会話の公理 maxims of conversation に該当しないものを1つ選べ。
① 根拠があることを話す。
② 場の雰囲気に配慮する。
③ 過不足なく情報を伝える。
④ その時の話題に関連したことを言う。
⑤ 曖昧な表現を避け、分かりやすく情報を伝える。
解答・解説
正解は②。
Griceの「会話の公理」は,発話の含意(語られていない,言外の意味)がいかに推論されるかを説明するものです。
まず,話し手と聞き手は,互いに協調の原則(以下の4つの公理)を守って発話している,と仮定します。
これら4つの公理が守られている限り,聞き手は,話し手の発話の含意を推測する必要はないというわけです。しかし,どれかに違反した場合を考えてみましょう。どの場合も,「何かあるのかな?」と,含意を推測するきっかけになります。
「会話の公理が臨床心理学とどんな関係があるんですか?」という疑問があり得ます。一つには,心理職にとって,クライエントさんと会話しながら,これらの公理が守られていない応答が来た場合に,語られていない言外の意味に思いを馳せるきっかけになるかもしれません。
もう一つは,成人で愛着のタイプをアセスメントするAdult Attachment Interview(AAI)のコーディングに使われている点です。
AAIは,分離や喪失を含む過去の愛着経験と,その現在に対する影響などを問う半構造化面接です。具体的には,面接者は,まず,子ども時代の親との関係がどのようであったかを尋ねていきます。次に,父親と母やそれぞれについて,子ども時代の親子関係を表す形容詞を5つ挙げてもらいます(=意味記憶を活性化)。そして,それらの形容詞の根拠になるエピソードを挙げてもらう(=エピソード記憶を活性化)。面接協力者の語りを逐語録にし,語りの「内容」よりもその「形式」や「構造」を重視してコーディングが行われます。
この逐語録を分析する際の観点はいくつかあるようですが,そのひとつとして,会話の公理が援用されているようです。それによると,「安定・自立型」,「愛着軽視型」,「囚われ型」の3つは,以下のような特徴を持つようです。
安定・自律型:4つの公理すべてに違反しない。愛着に関するプラスの経験もマイナスの経験も容易に想起し,語りに高い整合一貫性が認められるタイプ。愛着関係の人生に対する重要性を高く認識している。
愛着軽視型:主に「質の公理」に違反。面接者に非協力的で過去の記憶を想起しようとしない。愛着対象を過度に理想化する(例.親は「とても優しかった」と言う)けれど,その根拠になる具体的なエピソードをほとんど思い出さないタイプ。愛着の重要性を低く認識している。
とらわれ型:量,関係,様態の公準に違反。語りの整合一貫性が低いタイプ。語った内容にとらわれてしまい,情動を制御しきれずに,愛着対象への激しい怒りや恐れなどを表出したりする。
なお,4つ目の「未解決型」は,会話の公理による分析の対象ではないようです。
未解決型:分離や死別,虐待等に関して選択的にメタ認知が働かず,語りに非現実的な内容が入り交じり,整合一貫性が著しく損なわれるタイプ(例,死んでいるはずの人が今も生きているかのように語る)。過去の外傷体験に葛藤を抱き続けている。
語りの内容だけでなく,語り方や語り口に注目することで,相手が抱えていることを察する。その時に,会話の公理という視点は有用だと思います。
参考文献
遠藤 利彦 (1992). 愛着と表象 心理学評論, 35(2), 201–233.
Hesse, E. 26. The Adult Attachment Interview Protocol, Method of Analysis, and Selected Empirical Studies: 1985-2015. In Cassidy, J., & Shaver, P. R. (Eds.). (2016). Handbook of Attachment, Third Edition: Theory, Research, and Clinical Applications (pp. 553–597). New York: Guilford Publications.
井上毅・松井孝雄 (1995). グラフィック認知心理学 サイエンス社.
数井 みゆき,・遠藤 利彦・ 田中 亜希子・ 坂上 裕子・菅沼 真樹 (2000). 日本人母子における愛着の世代間伝達 教育心理学研究, 48(3), 323–332.
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